アキルノ闇歩きと夢屋台ラーメン

知らない夜の街を歩くのは愉しい。

街は昼と夜では往々にして印象が変わるものである。
日が落ちて夜の帳が下りるとギラギラと活気をみなぎらせる街もあれば、
眠るように静まりかえり、明日に備える街もある。

五日市線の終着駅、武蔵五日市駅は立川から拝島を経由し40分程度、
新宿からは1時間以上かかる駅だ。
多摩川の支流の川としては最大の秋川渓谷を有し、
夏はバーベキューや川遊びの人々で賑わう自然豊かな街。
冬の夜となれば黒い山々が四方に鎮座し、キンと冷えた空気が張り詰める。


時刻は夜19:00、駅を出て、檜原街道を歩いて行く。
通り沿いには新旧交わるようにぽつりぽつりと店が並び、廃れた印象はない。
学校帰りや会社帰りなのであろう人々の姿も見える。

都心から離れているとはいえ通勤が不可能な距離の街でもないし、始発駅でもある。
土地代や家賃の抑えられるこの場所に住まい構えるというのも、
都市生活の一つの選択肢なのだろう。



檜原街道を折り返し駅方面へ歩いて行くと、前方から小さな人影がゆっくりと近づいてくる。
小柄な老婆だ。手には小さな懐中電灯を持っている。
すれ違いざま、ハッと腕を掴まれた。
老婆は後ろの来た道を指差し言った。
「あっちに、娘がいるのよ」
「はい?」
「見つからない、見つからないって、まーだ探してるよ」
ひっひ、と笑い、老婆は去っていった。

それから歩いた先で、娘らしき人とは出会わなかった。

駅まで戻り、また別の大通りを歩く。
定期的に車が通り過ぎる以外、人影はあまりない。

引き返そうかと思い始めた頃、住宅の合間に黄色く光る提灯が見えた。
近づいてみるとラーメンの文字。
奥の敷地に目をやると、真っ暗闇の空間の中に小屋とも屋台とも言えない店が佇んでいた。
看板はない。
昼間に通ってもここが店だとは判断しづらいだろうし、
分かっても入るには少しばかり勇気がいるだろう。


レトロとも田舎らしいとも絶妙にズレた、夢の中のような妖しい存在感。
店の後方は深い闇に同化し、全体像は分からない。

ボウっと浮かぶような赤提灯に誘われ、店の扉を開けた。

店内ではジャンパーを着込んだ中年男性が二人で瓶ビールを飲んでいた。
入ってきた私を特に驚いたような様子もなく横目に見る。
無言のまま着席し、店の奥にいるのだろうか、店員が来るのを待とうかどうかと思ったところで、
「ラーメン?」
と男性の一人に声をかけられた。
「あ、はい」
「はいよ、ちょっと待ってね」
ドープな店構えとは対照的な愛想よい微笑みを浮かべながら、男性は厨房に消えていった。
店主だったようだ。


店内のラジカセからはクラシックが流れていた。
一人残された男性は「帰るよ」と店の奥へ短的に声をかけて帰っていった。
店を見渡す。
壁から天井まで見るからにDIYな店内は人の部屋にいるかのようで少し浮ついた居心地になる。
メニューには簡単なつまみもあり、近所の人々の酒場としても機能していることがうかがえる。
瓶ビールを頼み、身をなじませるようにグラスを傾けながら、ラーメンを待つ。

やってきたラーメンは濃いスープの見た目とは裏腹にあっさりとした味付けの醤油ラーメンだった。
お酒のシメにも良いかもしれない。
ラーメンを食べ終わる頃に、また新たに男性がやってきた。
店主と親しげに挨拶を交わし、「あとの5人は遅れてくるよ」と伝えていた。忘年会だろうか。

ほどなくして予告通り、近隣住民らしき団体がやってきた。入れ替わるように代金を支払い店を出る。
「ありがとね」と店主は最後まで愛想よく見届けてくれた。


夢から醒めるように店を出る。

冷え込んだ12月の風に身を切られながら駅へ向かうと、
か細い鳴き声が聞こえてきた。

呼ばれるままに歩いていくと、妙に毛並みのよい猫がいた。

撫でようかと近づいたら逃げられたので、そのまま帰った。

文・写真/松岡 真吾

Share
Share
Share