「賭する人」#1 ロマンスグレーの社交界

冒頭から、あまり一般的ではない映画について話すことを、お許し頂きたい。
ピエル・パオロ・パゾリーニというイタリアの映画監督がいた。彼の後期の作品に、「生の三部作」と呼ばれる作品群がある。「デカメロン」「カンタベリー物語」「アラビアンナイト」という、有名な古典を映画化したものだ。いずれの映画も大きな枠組みの物語があり、その中で小さなエピソードが脈絡なく展開していく。それがとてもおもしろい。しかし僕がいちばん印象に残ったのは、物語ではなく、役者の顔だった。おそらく、彼らはプロの役者ではなく、素人だろう。好んでスラム街に出入りしていたというパゾリーニのことなので、そこに住む人を映画に起用したのかもしれない。とにかく顔がいい。けもの道にどすんと転がっている岩のような顔をした人が、たくさん出てくる。僕はそんな顔が好きで、「生の顔」と呼んでいる。そして映画を観ながら、そういえば近頃、こんな顔にお目にかかる機会はほとんどないなと思っていた。

大沼さん(仮名)は昭和5年生まれの86歳で、今も競輪場に通っている。通い始めて60年以上になる大ベテランだ。年齢を聞くと必ず、「天皇陛下の3歳年上だ」と言う。大沼さんは、車券は買うがレースを見ない。車券も自分で買うことはない。仲の良い人が大沼さんの予想した番号をマークシートに記入して、お金を預かって買いに行く。そしてレースが終わると、いろんな人が結果を教えてくれる。それまで大沼さんは、酒か焼酎を飲んでいる。

この日は、奥さんの藤子さん(仮名)が車券を買う役だった。もう一人、あごひげの長いおじさんと3人で談笑していた。

あごひげのおじさんは競輪を58年やっていて、大沼さんとはやり始めた時からの付き合いだという。

大沼さんは魚屋のせがれで、11人兄弟の長男だ。ふたりの兄がいたが、ふたりとも戦争で亡くなった(なので正確には13人兄弟の三男だ)。「兄貴はふたりとも女を知らずに死んだ」と大沼さんが言うと、「あらまあ、私のを貸してあげたのに」と藤子さんが言って、その場に笑いが広がる。

なんで競輪を始めたのかと尋ねると、「金がなかったからだ」と大沼さんは言う。実家の魚屋を継がず、若くして家を出て、自分の魚屋を始めた。しかしすぐに失敗し、たくさんの借金を抱えた。そして、埼玉のニチイというデパートの魚屋で働き始めた。その頃から競輪場通いが始まった。

競輪で借金は返せたのかと尋ねると、「そんなわけないだろ、この人は家が金持ちなんだよ」とひげのおじさんが横から入ってくる。「年金も郵便局のをたくさんもらってるんだ」と。

薄々感じてはいたことだが、競輪をする財源は何かと聞くと、もちろん年金だという答えが返ってくる。そしてそれは、ここにいる人たちのほとんどがそうだろう。今日の競輪場は人が多く、いつもより賑わっている。それは、今日が16日で、年金支給日の直後だからだ。そして彼らが手放した年金のおかげで、立川競輪場は去る12月にリニューアルオープンし、とてもきれいになった。工事中に貼り出されていた完成イメージ図では、子連れやペット連れの家族が、楽しく競輪をする姿が描かれていた。

レースを中継するモニターの前に集まるおじさんたちが、怒号を上げる。何人かの選手が転倒し、後ろの集団が先にゴールする。車券を破り、文句を言いながら散らばっていくおじさんたちの向こうに、3連単70万円という配当金が表示される。

最終レースを残し、大沼さんと藤子さん、ひげのおじさんと僕は競輪場を後にした。満員の送迎バスに乗り、立川駅に向かう。バスから降りると、競輪帰りの集団が、伊勢丹を通り抜ける。駅までの近道だ。日高屋に向かう僕らも、伊勢丹1階のコスメコーナーを通り抜ける。その行列の後ろを歩きながら、コスメコーナーの女性たちが目に入る。彼女たちの「きれいに手入れされた顔」と、競輪帰りの人たちの「生の顔」が対比される。僕はそれを交互に眺めながら、「美しさとは」という問題について深く考え込んでしまうかと思ったが、そんなことは全然なく、ひたすら胸が高鳴っていた。出会ってはいけないものが邂逅する瞬間というのは、いつでも我々に興奮と新たな示唆を与えてくれる。

「遠慮する奴は嫌れぇだ、いいから飲め」と叫ぶように言う大沼さんのわずかに残った歯のすき間から、フライドポテトのかけらが僕の顔に着弾する。ウーロンハイを4人で飲みながら、餃子とザーサイをつまむ。

「気に入った!」としきりに僕の目を睨みつけながら言う大沼さんだが、何を気に入られたのか、まるでピンとこない。どこに住んでるんですかと尋ねると、あきる野と答えた大沼さんに、「そうなの?」と返すひげのおじさん。知らなかったんですかと聞くと、「この人とは競輪場の中だけの付き合いだから」と答える。60年近く毎週のように顔を合わせていて、そういうことは知らない関係に驚く。「おとうさん、名前はなんていうの」と今度は藤子さんが大沼さんに質問するので、夫婦じゃないんですかと驚くと、「3ヶ月前に知り合ったばっかし」と笑顔で答える藤子さん。今度はてっきり夫婦だと思っていたら、お互いの名前も知らない関係。これはずいぶんウーロンハイが回ってきたぞと頭を抱えていると、「気に入った!」と大沼さんのポテトが着弾する。どんどん混乱する僕のことなどお構いなく、3人は亡くした連れ合いの話に夢中だ。ひげのおじさんが注文した、持ち帰りの餃子がやってきたところで、ようやく店を出る。目の前には空のジョッキがたくさん並んでいた。

足元のおぼつかない大沼さんを、みんなで立川駅まで送っていると、いつの間にかひげのおじさんが消えている。「餃子持って、女のところに行ったんだよ」と藤子さんが言う。最後まで「遠慮する奴は嫌れぇだ」と「気に入った」を繰り返す大沼さんと、改札越しに別れの抱擁を交わす。藤子さんは、足を悪くして実家に戻って来た息子と孫の晩御飯を買うために、吉野家へ。
僕はとりあえず、酔いを覚ましてこの現実を整理するために、家までゆっくり歩いて帰ることにした。

二日酔いで痛む頭のまま翌日も競輪場を訪れると、それぞれバラバラに、昨日とは違う人たちと競輪を楽しむ3人がいた。それぞれの姿を見ていると、この場所は、高齢者の社交場としての役割を担っているのかもしれないと思えてくる。
大沼さんの隣に陣取り、昨夜の熱い抱擁を思い出しながら、コラムに写真を載せてもいいですかと尋ねると、「そういうのは嫌ぇだ」と躊躇なく言われた。

取材・文・写真/波田野州平

波田野州平

映像作家。2009年より立川に暮らす。2013年、初の長編映画「TRAIL」が劇場公開される。Hei Tanakaやテニスコーツ、eastern youth吉野寿などミュージシャンのライブドキュメントを数多く撮影する。2016年まで砂川七番でギャラリー・セプチマを運営する。立川の焼肉屋なら「醍醐苑」がベストワン。
shuheihatano.com

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