初対面「増田書店の篠田さん」

ライター根岸達朗の「初対面」を記録する連載です。第1回目は国立大学通りにある老舗の本屋、増田書店の店長・篠田宏昭さん。

根岸 篠田さん、はじめまして。お会いできてうれしいです。

篠田 こちらこそお声がけいただき、ありがとうございます。

根岸 篠田さん、バンドやってるんですよね。

篠田 ええ。大学からバンド始めて、今もやってるんですけど……。

根岸 僕も10年くらいバンドやってたんです。ライブハウスの空気感とかがずっと苦手だったんですけど……。

篠田 わかりますよ。僕もライブハウス行くと居場所なくて。逃げ場がないというか……。ライブは見たいけど途中で出ちゃったりとか。それこそライブに行き始めた大学の頃は、お金払ってるし全部見ようという気持ちで、頭から最後までしっかり見てたんですけどね……。

根岸 ああ、篠田さんもそうだったんですね。僕はもうバンド活動の最後の方はライブハウスにいたくないから、自分のバンドのライブが終わったらほかのバンドもほとんど見ないですぐ帰ってましたね。ステージでもずっと後ろ向いてベース弾いてましたし。

篠田 あ、僕は今でも後ろ向いてベース弾いてますよ(笑)。最初はまあなんていうか、憧れの人と同じステージに立ちたいとかあったんですけど、しばらくしたらライブも徐々にライブハウスじゃないところでやる感じになりました。できれば、バーとかでやりたい、みたいな。音楽はやりたいんですけど、それをライブハウスでやることが目的じゃないなあと思って。

根岸 僕はなんかライブハウスの淀んだ感じが苦手だったんだと思うんですよ。今だったらもう少し楽しめる気がするんですけど、当時は自分が淀んでたからだめだったんでしょうね。

篠田 僕が必ずしもライブハウスじゃなくてもいいなーと思ったのは、ずっと聞いていたハードコアの影響が大きいですね。FUGAZIが好きで。

根岸 ああ、FUGAZI。

篠田 自分がそういうハードコアシーンにいる人たちのように音楽をやっていたかというのは別ですけど、ごくごく当たり前の生活のなかに、音楽がただそこにあるみたいなのが、自分のなかではすごく落ち着くあり方で。僕は「全体」のなかにある音楽の方がしっくりくる。生活全般のなかに音楽があるっていうんですかね。

根岸 うん。自然なあり方のような気がしますね。存在することそのものが音楽みたいな感じですよね。実は、僕もFUGAZI好きで。

篠田 あ、そうなんですね。FUGAZIの『INSTRUMENT』っていうドキュメンタリーがあるじゃないですか。あれを大学のときに友達を集めてみんなで見たんですけど、あのなかでメンバーが言っていることがまたよくて。

根岸 へえ。

篠田 FUGAZIがどんどん有名になってきて、メジャー全社から声がかかっても断り続ける理由として、「より多くの人に聞かれることが重要なのではなくて、自分たちがコントロールできること、自分たちが自分たちを管理できるなかで存在することが大事なんだ」って。なんかそれが、今になってすごくよく分かるというか。

根岸 筋が通っててかっこいいバンドですよね。だから僕もFUGAZIには憧れるんですけど、じゃあ自分はどうなのかというと、全然そんな風に生きてないというのがあって。

篠田 はは、わかりますよ。僕もそうはいってもルーズです。休みの日にちゃんと起きようと決めたのに、結局1日だらだら寝ちゃうとか。まあ、それが人間だからとか思うんですけどね。

根岸 バンドはわりとマイペースに続けている感じなんですか?

篠田 そうですね。なんか基本、バンドが好きなんですね。コンスタントにライブができているわけじゃないけど、誰かとやるのが好きで。

根岸 篠田さんっておいくつなんですか? 僕は1981年9月生まれの36歳で。

篠田 同い年の同じ学年ですね。僕は1982年の1月だから。

根岸 あ、同い年ですか。

篠田 ですね。

根岸 僕はこの国立にも微妙に縁があるんですよ。20歳とかそのあたりでバンドを組んでライブをやり始めたとき、国立の『LIVERPOOL』っていうライブハウスによく出てて。大学通りの薬屋の地下ですね。今はもうないんですけど。

篠田 『LIVERPOOL』移転したんですよね。出てたんですね。

根岸 でもあるときのライブで、ボーカルギターの男がマイクスタンドを倒したり、ギターを壊したりとか荒れたパフォーマンスをして、それ以来出られなくなったんですよね。オーナーから『俺はそういうバンドが一番嫌いなんだ』と言われちゃって……。

篠田 え。

根岸 もうこのバンドをやることはないでしょうけど、音楽自体はまたやりたいです。有名になろうとかそれで食っていこうとかは全然なくて、肩肘張らない感じで。それこそ生活の一部みたいにできたらいいなあと。

篠田 ああ、それがいいですよね。もちろん、音楽だけをやって食べていく人はすごいんですけど、そうじゃない裾野の人たちがやる音楽もいいですからね。むしろ、僕はそういう人たちがやる音楽の方が心に響くものが多くて。大学時代に知り合った音楽やってる人たちも本当にそういうかんじで……。電車賃がないから、誰かが駅まで迎えに来てくれないとライブができないとか。そういう人たちがずっと音楽やっていることにこみ上げるものがある。

根岸 なんかわかるなあ。ちなみに篠田さんは東京出身ですか?

篠田 はい。国立の北口出たとこですね。住所だと国分寺になるんですけど。

根岸 そうなんですね。ずっとこのあたりに?

篠田 学生のときは静岡にいて、大学で海洋学の勉強をしてました。石油がこれから底を打つっていう話で、それに代わるメタンハイドレードなどの新エネルギーについて勉強していたんです。でも、途中からやる気がなくなって……。

根岸 なくなって……。じゃあ、卒業は?

篠田 してないです。休学しながら東京と静岡を行ったり来たりしてて、神田の三省堂で働いたり、静岡の本屋で働いたりしてましたね。で、あるときに増田書店に募集が出ているのを知って、バイトの面接を受けたんです。当時はまだ静岡に住んでましたが、「受かったら帰ってきます」と言ったら「じゃあ帰ってきて」というので……そこからですね、増田は。

根岸 増田書店で仕事を始めるようになって、退学したんですね。

篠田 はい。その流れで社員になって、3年前くらいに店長になりました。

根岸 ということは、就職活動とかも。

篠田 はは、まったく……。

根岸 就職活動……僕は昔、ちょっとやったんですけど、すぐにやめちゃいましたね。企業のなかでまともに働けたこともないし、働くことに向いてないのかなって思っていて。で、ちょうど篠田さんが東京に戻ってきたと言っていた10年前くらいですかね。世田谷にある編集プロダクションに拾ってもらって、ライターの仕事を始めるようになったんです。その編プロには3年くらい勤めたんですけど、後にも先にも会社勤めができたのはそこだけでしたね。

篠田 そうなんですね。これは今店長という立場にある僕が言うことではないかもしれないんですが、僕はずっと働きたくないと思ってるんですよ。今でもそうですね。働きたくない。

根岸 おお……そうなんですね。

篠田 ええ。なんか暇になると困るっていう人もいるじゃないですか。仕事がなくなったら生活できないし、とか。でも、僕は仕事やめても絶対困らないと思う。仕事をやめてすごくやりたいことがあるかっていうと、それもないんですけど。……なんていうか、職を美徳だと思わないでもらいたいっていうのがあるんですよね。

根岸 んー分かるような気がするけど、僕は暇になるとそわそわしちゃいそうだなあ。

篠田 大学入ったときにオーストラリアに一人旅したんです。そこで友達になった人と地元のモーテルの食堂に入ったんですけど、その人がウェイトレスを見て「あの子は、こんな退屈な街いつか出て行くって思いながら働いてる」って言ったんです。

根岸 なんかそういう映画ありそうですね。

篠田 はい。でも、僕がもしそのウェイトレスの女の子だったら、たぶんずっとそれだけやって生きていけると思うんですよ。食堂じゃなくてもなんでもいいんですけど、多分僕はずっと同じ仕事をやって生きていられる。

根岸 生きていけますか……。うーん。 でも、篠田さんはそうなんだなあ……。音楽は、篠田さんにとってどういうものなんですか? それは好きだからやっていることですよね。何事も好きなことをやっていた方が楽しくないですか?

篠田 そうですねえ。さっきの話と矛盾しちゃうかもしれないけど、その音楽シーンにいる人たちはやっぱり好きで、その近くにいたいみたいなのは、音楽を始める動機ではありました。なんか楽しそうな空間にいたいっていうか。

根岸 ですよね。

篠田 ライブハウスの空気とか、その人たちの生活の仕方とかに別にシンパシーは感じないけど、みんなで作って楽しむ感じというのは、何もしないよりは建設的だと思うし。だから音楽と仕事はちょっと違うのかな。

根岸 なるほど。僕は、仕事も好きだなあ、おもしろいなあと思えることをしたいですね。……篠田さんもそうはいっても、本屋の仕事をしているのは、本が好きだからっていうのはあるんじゃないですか?

篠田 本はそうですね。読み始めたのはある文章に出会ったからというのが大きいんですけど……、とある作家が自己紹介の設問を、自分で設定して自分で答えるということをしていたんです。トルーマン・カポーティの手法を真似たらしいんですけど、その最後の設問で「あなたから文学を取ったら何が残りますか?」というのがあって、それにその作家は「すべて」と答えていたんです。作家でありながら、自分から文学を取ったら「すべて」が残ると。そういう風に考えたことはなかったけれど、確かにそうだなあと思って。

根岸 ああー。

篠田 音楽やってて、音楽は楽しいけど、それを手放したら何が残るか。何もなくなるかっていったらそうじゃないと思うんです。本も一緒で、本は好きで読んでいるけれど、それがなくなったからといって自分がなくなるわけじゃない。なくなったらなくなったで、別のことをやればいい。本に囲まれている楽しさはもちろんあるんですけど、なければないでいいというのが、ちょっとあるんですよ。

根岸 うん。仕事に対する考え方もそうですけど、ひとつの何かに固執しないというのはよく生きる秘訣のような気もしますね。

篠田 昔はひとつのものでも、それが欲しいっていう意識が今とは違うかたちであったと思うんです。ものにこだわって、それを所有することで満たされる何かが、20代の頃はやっぱりあったと思う。でも、最近は本でも自分が読んだあとは、その本が合いそうだなーと思う人にあげちゃうんです。

根岸 あげちゃうんですね。それはいいなあ。

篠田 結局、自分のやっていることはすべてコミュニケーションなんだと思います。音楽も本も、あらゆるものを媒介にして、僕は人とコミュニケーションしたいんだと思う。だからその手段は何でもいいんです。なければないでいいというのは、そういうことですね。

根岸 なんかそのニュートラルさはとても健やかでいいなあ。僕はライターとしていろんな人をこれまでにインタビューしてきて、以前は思想の強い人に出会うたびに打ちのめされるような気分になっていたんですね。これは自分がものを知らなかったというのがあるんですけど、あーこうやって生きなくちゃいけないのかなあ……なんて思っていたんです。

篠田 ああ。

根岸 でもなんかわりと最近は、いろんな思想があるけれど、自分は自分の健やかさにちゃんと向き合っていけばいいんだな……というくらいには一歩引いてニュートラルにいろんなことを受け止められるようにもなってきた気がして。

篠田 わかりますよ。ストイックなエネルギーってすごく強いものですし、それに向き合うのは大変だと思います。いろんな思想を自分のなかで消化できるようになるまでには時間がかかるし。

根岸 はい。でも、自分のなかにストイックな精神を持つことへの憧れもなくはないんです。だからFUGAZIみたいな強さにも憧れるわけで。

篠田 FUGAZIの人たちは確かにストイックではあるけれど、なんかもうそういうことに対して“投げてる”感じもあるんですよね。これもドキュメンタリーのなかで彼らが言ってるんですけど、自分たちはこうだと言ってしまうと、それが固定してプロパガンダになっちゃうし、言わなきゃ言わないで適当なことを言われるしって。でもそれはどうしようもないことでもあるから、放っておくって。言葉じゃなくて、行動で分かってもらうしかないと。

根岸 ああ、行動で。

篠田 あの人たちはそれを20代でやってるからすごいんですよね。そういうFUGAZI的思想の話でいうと、国立に「あひるの家」っていう有機野菜の八百屋があるんですよ。そこの店主のおじさんの言っていることや、やっていることって、僕から見たらFUGAZIのイアン・マッケイそのものだったという話を最近、『新文化』という出版業界紙での連載で書いたんです。

根岸 へえ。

篠田 大量生産・大量消費の大規模流通に飲み込まれてしまうのではなくて、小さくてもいいから、自分がいいと思う野菜を、自分がいいと思えるやり方で消費者に届ける。それを貫くことが「あひるの家」のおじさんにとって自分が存在する意味であり、その点において、FUGAZIの思想と考え方の構造はほとんど同じだなあと。

根岸 それって要は、何をちゃんと自分で選び取るかということでもありますよね。部分ではなくて全体を見て、自分はどうありたいのかを考えて、主体的に「選択」する。その積み重ねで、世の中が少しでもよくなったらいいとは思いますけどね。

篠田 そうですね。僕も本屋をやっていて、全体として世の中をいい方向に持っていくことができないか、ということは意識しています。そのひとつにヘイトスピーチ的な本を置くべきかどうか、ということがあって、先日、店員の若い子が「そういう本はなくてもいい気がする」と言ったんです。確かに、国立のような8万人弱の街で、自分が個人の書店をやっていたら置かないだろうと思います。

根岸 はい。

篠田 でも、そういう本が売れていて、そういうことを考えている人がいて、それが世の中の政治思想の一部になっていることは事実です。増田書店は街の本屋として営業してきたけれど、うちのような本屋がそういう本を置かないということになったら、その本の行き場所はどこになるのか。僕はそういったものが「ない」としていった先に、アメリカのトランプ政権が生まれていると考えていて。

根岸 ああ。「ない」んじゃなくて、「ある」のに見ないことにしていた結果ですよね。

篠田 本質的にものごとを考えて、選び取る力をみんながつければ、自然と状況が変わっていくということも起こり得ると思います。だから僕は、自分の考えに合わないから、都合が悪いからといった理由だけで、ものごとを「見ないように」したくはないんですよ。増田書店ではヘイトスピーチの本も置いています。それは、世の中が少しでもよくなるように、街の本屋としてみんなに「見てもらう理由がある」と考えているからですね。

根岸 なるほど。でも自分で「選び取る」って、言葉にすると簡単そうだけど、実際はなかなかむずかしいことでもありますよね。僕もずーっと自分の生き方に納得できずにもやもやしていたから、選べばいいんだ、とはなかなか言い切れないところがあって。

篠田 わかりますよ。

根岸 ただ、僕は最近離婚したんですけど、少なくとも離婚を選択したことによって、自分の人生が前に進んだのを実感しているんです。前向きな離婚ができたので、それはすごく良かったなあと。

篠田 ああ、そうでしたか。

根岸 もちろんそうはいっても、自分のなかで解決できていない家族の問題はまだあるんです。だから、自分の健やかさに向き合いたいとは言っても、なんだかんだで気分が落ち込んだりすることはあって。だけど、そんな風に落ち込んでいる自分も「また落ち込んじゃってー」というくらいには客観視して、いろいろある人生のプロセスをおもしろがりたいなあとは思っていて。

篠田 いいですね。おもしろがることって大事なんだと思います。なんでも楽しめる人は、どこに行っても愚痴っぽくならないですから。そういう人と一緒にいるのは楽しいですよね。実際、今まで長く付き合っている人たちというのは、やっぱりそういう風に人生をおもしろがっている人たちなんです。その精神があれば、人と人は長く付き合えることにもなるんだと思います。

根岸 僕もそう思います。おもしろがるは大事。人生の本質な気がしますね。

篠田 そういえば、ブルーハーツの甲本ヒロトは、人間なんておぎゃーって生まれたあとは暇つぶしだと言ってましたけど、その感覚は僕にもすごくあります。人生に目的なんてない。意味もない。だったらやっぱりおもしろく笑って生きる方がいいよなあと。

根岸 ぐっとくる言葉だなあ……。なんかこの人生論、篠田さんとだったら、いつまでも話していられる気がしますよ。

文/根岸達朗 写真/松岡真吾 撮影協力/ロージナ茶房

根岸達朗

ライター。バンド活動をしながら、20代の多くを下北沢周辺の仲間たちと過ごす。編集プロダクション勤務を経て、2012年に独立。現在はウェブ・雑誌、フリーペーパー『欲望と妄想』など、さまざまなメディアでインタビュー、エッセイを執筆している。
Twitter:onceagain74
Facebook:tatsuro.negishi

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