初対面「AsianMealのハカセ」

ライター根岸達朗の「初対面」を記録する連載。第3回目は、府中市場(大東京綜合卸売センター)にあるアジア食材のお店「AsianMeal(アジアンミール)」のハカセです。

ハカセ こんにちは。アジアンミールのハカセです。

根岸 ……ハカセというのは、あだ名?

ハカセ うん。なんでそう呼ばれているのか。(名刺を取り出して……)それはここにヒントがあります。

根岸 ……海野博士(うんの・ひろし)……なるほど。

ハカセ そういうわけなのよ、ははは。今日はよろしくね。

根岸 よろしくお願いします。

根岸 この市場、なかなか年季が入ってますよね。

ハカセ できて半世紀くらい経つもんね。うちは13年前にここに入って、夫婦でこぢんまりとアジア食材のお店をやってるの。

根岸 珍しいものがいっぱいあって楽しいなあ。……ここでお店をやるようになったのはどんな経緯で?

ハカセ もともとは横浜中華街で働いてたのね。勤めてたのは普通の土産物屋。そのときはチャイナドレスとか売ってたんですよ。

根岸 チャイナドレス??

ハカセ そう。なんだけど、あの街にいると、食のことも自然に覚えちゃうんだ。気付いたら中華食材にどんどん詳しくなっていてさ。それで、あるときに店長として呼ばれたんだよね。……立川のグランデュオに昔、立川中華街ってあったの知ってる?

根岸 あ。聞いたことあります。

ハカセ そこで、いわゆる中国のスーパーマーケットがコンセプトのお店があってね。そこの店長を5年近くやってたの。で、そろそろ独立しようかなってときに、当時知り合いがちょうど今のこの場所でお店をやっててね。市場の外に出るっていうから、じゃあ俺が代わりに入ろうかってことでさ。特に志に燃えてたわけでもないし、流れだよね。

根岸 じゃあ、最初は中華食材をメインに?

ハカセ そう、最初はね。でもここでやり始めて分かったのは、中国のお客さんよりも、タイ、ベトナム、フィリピンのお客さんの方が圧倒的に多かったってこと。その人たちの「こんなの入れてくれない?」っていう声に応え続けていたらこうなっちゃった。……日本人がやってるお店で、アジアのいろんな国の食材を雑多に扱ってるお店って少ないみたいでさ。おかげさまで重宝されてます。

根岸 中華街でチャイナドレス売りながら、食材のことを覚えたって話ですけど、もともとそういうのに興味があったんですか?

ハカセ ……もっと話をさかのぼるとね、俺は自動車のデザインの勉強してたの。そっちだったの、目指してたのは。

根岸 へえ。また、今とはぜんぜん違う感じで。

ハカセ でも、いざ卒業ってときにバブルが崩壊してさ。就職先がほとんどなくなってね。そのときにアルバイトをしていた中華街の店に「どこか決まるまでいさせてもらっていい?」と聞いたら「いいよ」って。……そしたら10年経ってたんだよ。

根岸 自動車のデザインはもういいんですか?

ハカセ あんまりやりたいとは思わないね。あの気持ちは、どこ行っちゃったのかな。学生時代から違うなーとは思ってたけど。……どっちかっていうと、接客の方が好きだったんだね。

根岸 接客は……おもしろいですか?

ハカセ おもしろいね。いろんな人に会えるから。

根岸 でも、接客って「初対面」の連続じゃないですか。いろんな人に会えるおもしろさはあるとはいえ、初対面が連続して疲れちゃうなあ……とか、そういうのがありそうな気がして。

ハカセ ないね。

根岸 ……ないんだ。

ハカセ あ、逆はあるよ。ずっと会ってる人ばかりになると、逆にすごい疲れちゃう。初対面の人はまだ好奇心で話せるからいいんだよ。

根岸 僕はライターの仕事で地方取材をするんですけど、そこで聞いた話で『ゲストハウスオーナーの孤独』をテーマにした記事を作ったことがあるんです。

ハカセ へえ。

根岸 ゲストハウスオーナーのなかには、たくさんの人に会いすぎて神経をすり減らしたり、人に接しすぎる反動で逆に孤独を感じたりしている人がいるらしくて。まあ、いろんな理由があるんでしょうけど……。

ハカセ え〜? その仕事、向いてないんじゃないの?

根岸 ははは……まあ、そうとも言えるかもしれませんね。

ハカセ ゲストハウスのことはよくわからないけど、俺は初対面で人疲れっていうのはないよ。特に市場のお客さんは食に対して興味がある人が多いから、いろんな情報を持ってきてくれておもしろいし。

根岸 そうか〜。

ハカセ それに市場だから商売の人が買いにくるじゃない。こっちも商売やってるから、そういう人とは対等に話ができていいんだよね。ただ、立川中華街みたいなデパートだとどうしても「お客様は神様」になるじゃない? 疲れることがあるとするなら、そういうところだよね。市場はそれがないからいいんだよ。本音でやり合える楽しさがある。

根岸 なるほどなあ。

根岸 ところでハカセ。人には「グッとくる瞬間」みたいなものがあると思うんですが、仕事をしていてそれを感じるときってどんなときですか?

ハカセ グッとくる?? よくわからないけど……文化の違いを感じたりして、おもしろいなあと思うことはあるよね。特に横浜中華街で仕事してたときはいろんなことがあってさ。考えられないことの連続でおもしろかったよ。

根岸 たとえば、どんなことがあったんですか?

ハカセ そうだなあ。こんな話をしていいのか分からないけど、あるとき大通りで猫がハネられちゃったんだ。そのままにしとくわけにはいかないから、拾ってきて、あとで保健所に持って行こうと思ってお店の裏の箱のなかに入れておいたの。……そしたらさ、翌朝、ないんだよ。

根岸 え?

ハカセ 誰かが食べるために持っていったかもしれないよね。だとしたら、すごいなあと……。

根岸 猫食文化があるっていいますしね。

ハカセ 文化の違いということでいえば、ほかにもあるよ。たとえば俺が熱を出したとするじゃない? 中国には民間療法が根付いてるから、そういうときは中華街の仲間たちが誰彼ともなく、ココナッツを買ってきてくれるのよ。熱冷ましにいいから食べな、とか言ってさ。

根岸 ご近所付き合いがあるんだ。

ハカセ そう。昔の長屋みたいな感じだよね。どこに行っても知り合いだらけだから、仕事してても、仕事してる感じがしなかったよ。表を歩いているときなんて、学校の休み時間に校舎の廊下をぶらぶらしてるような感じで。

根岸 へえ、なんかいいなあ。

ハカセ ……そんなんだから、お店の人とも自然と仲良くなるしさ、ことあるごとにいろんな調理場とかも覗かせてもらってたんだよ。食材のこととか、何も言わなくても向こうが勝手に教えてくれたりしてね。それで気付いたらいろいろ覚えちゃってたってわけ。

根岸 なるほどー。お話を聞くかぎりでは、仕事はわりとずっとおもしろくやってきてるんですね。

ハカセ そうだねえ。おかげさまで。

根岸 それでいうと、僕は結構、人生あんまり上手くいかないなあ……という期間が長かったんです。ずっとバンドやりながらアルバイトしてて、27歳のときに就職して、やっと社会のなかで仕事をする感覚が得られたというか。……いろいろ、遅いんです。

ハカセ そうなんだね。

根岸 子どもが生まれて、フリーで仕事をするようになっても、これでいいのかなーみたいな感覚はずっとありました。そこからいろんな転機があって、今はとてもご機嫌に生きてるんですけど。……ハカセは人生の転機になったなあ、という出来事ってありますか?

ハカセ そうだなあ。人生の転機というほどでもないけど、これまでにない気付きを得られたということで言ったら、スパイスのワークショップを始めたことは大きかったね。

根岸 へえ。どんなワークショップなんですか?

ハカセ 見た方が早い。今持ってくるから、ちょっと待っててね!

根岸 おお……これが……。

ハカセ このセットを地域のイベントやお店に持っていって、岩塩と混ぜてオリジナルのスパイスを作ってもらうワークショップとかをやってるの。日本酒に合うスパイスを作ってみたりね。楽しいよ!

根岸 いろんな香りがあっておもしろいなあ。……どういうきっかけで始めたんですか?

ハカセ 最初は知り合いのカフェに声かけてもらったんだよね。まあ、そのお店の人がウチの常連さんというのもあって、軽い気持ちで始めたんだけど、意外と引き合いがあってね。最近はいろんなところから声をかけてもらえるようになったんだよ。こっちもスパイスは古くなる前にどんどん使わないといけないから、ありがたいよね。

根岸 いいですね。お店のことも知ってもらえるし、地域の人たちとつながるきっかけにもなる。

ハカセ そうだね〜。

根岸 ……ところで、ハカセは多摩地域に引っ越してきてどのくらいになるんですか?

ハカセ 99年に横浜から引っ越してきて、かれこれ20年近くになるね。

根岸 こっちの暮らしはどうですか?

ハカセ ……別に、どうってことはないかな。

根岸 …………。

ハカセ まあ、住みにくいとかはないよ。横浜に比べたら交通手段も多いしさ。

根岸 ハカセ……僕、実はシティ・ボーイなんです。

ハカセ え。なになに、唐突に。

根岸 都会で生まれ育って、地域的なつながりとかほとんど意識することなく生きてきました。子どもが生まれて多摩の方に来てからもしばらくは、満員電車に乗って都会に通勤してましたし、地域のなかで何かをするとか考えたこともなくて。

ハカセ そうなんだ。

根岸 でもあるときに体調を崩して、都会の会社勤めが精神的に厳しくなったんです。もう満員電車に乗らなくていい仕事をしようと思って、自宅を作業場にして細々とライターの仕事をするようにして……。そのあたりからですね、地域と関わるようになったのが。……子育てしながら地域活動を始めたり、地域のコミュニティに顔を出したりしているうちに、住んでいる街にどんどん知り合いが増えていった。それがすごく楽しくて。

ハカセ へえ。

根岸 ローカル的な生き方っていいなあ、こういうことが自分の人生には足りなかったよなあ、なんて思いながらぼちぼち生きてきたんですけど、あるとき、僕は発酵にハマってですね……。

ハカセ 発酵!?

根岸 はい。日常的に家族のご飯を作っていたというのもあって、その流れで、家のなかでいろんな発酵食品を仕込むようになったんです。ぬか漬け、味噌、パン、納豆……いろんな発酵食品を試しているうちに、微生物という生き物相手の発酵から教わることはとても多いなあと気付いて。……結婚生活や子育てへの向き合い方も、発酵に出会ってからずいぶん変わったんですよね。

ハカセ ええ!? おもしろいなあ……。

根岸 発酵愛を語っていたら、どんどん知り合いも増えていきました。もともと口下手だったんですけど、話すのが楽しいなあなんて思うことも増えて。

ハカセ はあー。

根岸 人のぬか床を預かる『ぬかホテル』なんて活動もしてましたね。ぬか床の交換をきっかけに深まる関係を『ぬか友』なんて呼んだりして……。

ハカセ ……そういうの、ぬか喜びっていうんじゃない?。

根岸 かもしれませんね……ははは。

ハカセ でも、いいじゃない。……発酵ってさ、最近ほんと好きっていう人が多いんだよ。うちもたくさん発酵食品を扱ってるっていうのもあってさ、ここ数週間で3〜4人は新たな発酵好きに出会ったね。

根岸 ええ〜? そんなにいるんですか。

ハカセ ある人はさ、顕微鏡が欲しいっていうんだよ。なんで? って聞いたら、自分はぬか床をやっているけど、そこにいる菌がちゃんと働いているかどうかを確かめたいって。すごいよね。

根岸 ……その気持ち、わかります。

ハカセ ははは。いやーなるほどねえ……発酵好きだったのか……。じゃあ、なんか一緒にできたらいいよね。発酵パーティとか楽しそうじゃない?

根岸 わあ、いいですね〜。

ハカセ 発酵食品、お店にもいろいろあるからさ。ちょっと見ていったら?

ハカセ これはね、雷魚のぬか漬けだよ。パパイヤのサラダとかに合わせて使うの。意外と食べやすくておいしいんだ。

根岸 雷魚!

ハカセ 他にもいろいろあるよ。例えば、エビを発酵させた調味料の「ガピ」とか。タイ風味噌って感じなんだけど、タイカレーには必ず入ってるね。あとフィリピンだったら、アミの発酵調味料「バゴーン」とか知ってる? 酸っぱくて青いマンゴーを食べるときにつけるんだよ。

根岸 へえ……食べてみたいなあ。

ハカセ これはトウチだね。大豆を塩漬にしてつくる発酵食品。日本の発酵食品で近いのは浜納豆だね。いろんな料理に使えるけど、中華では麻婆豆腐に使うの。風味が出ておいしいよ。

ハカセ こっちはタケノコをスライスして、水と塩に漬けただけの発酵食品。……乳酸発酵だね。中国ではスープとかに使うんだ。……昔の人が考えた保存食だったんだろうなあ。保存が効くっていうのは、発酵の大きなメリットだからね。

根岸 あ、ピータン。これも発酵ですよね?

ハカセ うん。ピータンは作り方が独特でね。ツボのなかにまず、アヒルの卵を生のまま入れるんだ。そこに紅茶の葉っぱと塩と石灰と水を入れる。すると、まず水と石灰が反応して沸騰するんだよね。そしたら、ゆでたまごになるじゃない? しかも石灰だから、強アルカリ成分。そこに紅茶と塩がじわじわとゆでたまごの中身を変化させていって、いわゆる真っ黒なピータンになるの。

根岸 勉強になるなあ。

ハカセ ピータン、好き? おいしいピータンの見分け方、教えてあげようか? まず、こうやって持つでしょ。……で、手のひらの上でポンポンやるんだよ。すると、手に落ちてきたときの感触が違うのがあってね……あ、これはおいしいよ。

根岸 え???

ハカセ やってみる?

根岸 はい。 こ、こうですか?(ポンポン……)

ハカセ そうそう。わかる? プルンって感じなんだけど。

根岸 (ポンポン……)あ……これは!

ハカセ わかった? これピータン売り場でやってると、わかってるやつだと思われるよ。

根岸 ……いいこと、聞いちゃったなあ。

ハカセ ははは。また気軽に遊びにきてよ。いつか発酵パーティもやろうね。

文/根岸達朗 写真/松岡真吾

AsianMeal

Web site:https://asianmeal.weebly.com/
Facebook:AsianMeal
Instagram:yoko_asianmeal

根岸達朗

ライター。1981年東京生まれ。編集プロダクション勤務を経て、2012年に独立。Web、雑誌、フリーペーパーなど、さまざまなメディアでインタビュー、エッセイを執筆している。
Twitter:onceagain74
Facebook:tatsuro.negishi

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