石仏ディグお供えの旅〜国分寺市編〜


路端にたたずみ、まちを見守り続ける石仏たちにお供えをして歩く旅「石仏ディグ」第4弾。まだまだ浸透していないシリーズだが、いずれは「石仏の人」と言われたい。

今回は大好きなまち「国分寺市」。多摩に移り住む前、このまちに何度か足を運び「多摩に住みたい」とおもったきっかけの場所なのだ。歴史と文化のまち、国分寺市のかつての中心地で石仏を探す歴史さんぽに出る。

武蔵国分寺復元模型。(おたかの道湧水園内、国分寺市武蔵国分寺跡資料館)

そもそも「国分寺」とは、741年に聖武天皇が国家鎮護のため当時の日本全国に建立を命じた寺院だ。奈良の東大寺を筆頭に、全国67ヶ所に「国分寺」と「国分尼寺」がそれぞれ建てられた。現在でも、全国にかつての国分寺の痕跡が史跡として残っている場所はあるが、自治体の名前として残っているのは、東京の「国分寺市」ただ一つなのだという。

かつての武蔵国分寺金堂跡は、現在一見すると子どもたちが喜び勇んで走り回るのにぴったりな芝生広場のようになっている。しかしよく見ると、古に建てられた金堂の礎石が点々と残っている。知らなければ、何故か岩がある広場だが、知っていれば古代の壮大な建物に思いを馳せるロマン溢れる場所なのだ。

史跡の駅 おたカフェ


歴史ロマン溢れる国分寺市の文化財集中地区の真ん中にある「史跡の駅 おたカフェ」。全国に約1500ヶ所ある「まちの駅」の一つで、パンフレットや名産品の販売の他に、カフェの利用もできる。散策ルートの真ん中にあるため、さんぽの途中に立ち寄る利用者が多い。今回はここで、お供え物を購入することに。


「武蔵国分寺サブレ」は1つ100円。箱で買うと5個入り550円になるという不思議。いや、箱に描かれたかつての武蔵国分寺の広大さにロマンを刺激されるので、ある意味ではお得ともいえる。
サブレのパッケージには、史跡から出土した鬼瓦の復元図が描かれている。


「おたカフェ」を出て、お鷹の道をあるく。国分寺崖線から湧き出た湧水が流れ、せせらぎが心地よい。

武蔵国分寺の後継とされる、現在の国分寺の境内に薬師堂がある。国分寺崖線の上に佇む、市の重要文化財だ。散策を楽しんでいたグループがいて華やいだ雰囲気だったお鷹の道付近とは一転、しっとりとした空気がただよう階段を上る。

厳かに建つ仁王門の手前に、庚申塔が建っている。
しっかりと彫り込まれた青面金剛像、雨風にあたったためか、角が取れまるっとしたフォルムでなんだか可愛らしい。下の三猿も躍動的でどこかユニークだ。

さっそく先ほどの「武蔵国分寺サブレ」をお供えしよう。

仁王門をくぐり、さらに上ると薬師堂が目の前に現れる。堂内には、国の重要文化財の木造薬師如来坐像が安置されている。かつて、武蔵国分寺が戦乱に巻き込まれて火をつけられた際に、自ら走って逃げ出したというなんとも面白いエピソードが残る仏像だ。

本来、国分寺の本尊は釈迦如来でなければならないが、なぜか薬師如来が本尊となっている。
民衆にとって、病気を直してくれる薬師如来の方が、釈迦如来よりも身近だったのだ。信仰対象の移り変わりはとてもおもしろい。時代背景に沿って、その時必要だと思うものに乗り換える。なんとも人間らしい。ご都合主義的な人々の信仰心がそのまま歴史となり、文化にもなる。そんな瞬間を垣間見ると、私たち人間がまちの歴史を作っているんだな、と再認識する。


参拝を済ませ、薬師堂の裏手にまわる。今回国分寺に来た目的である、石仏群とご対面だ。ここは、四国八十八箇所めぐりを模した石仏たちがずらりと並んでいる。国分寺市にいながらにして、お遍路さん体験がものの数分で出来てしまうスポットだ。しかしどう見ても八十八体はいないので、満願叶うことはないかもしれない。


よく見ると、札所の番号が刻まれている。


優しげな表情で薬師堂を守るように並ぶ石仏たちにほっこりとした気持ちに浸っていると、石仏群の奥に祠があるのを発見した。遠くから見ても違和感がすごい。気になって近寄ってみると、違和感を通り越して不気味さが溢れ出している。元は何の石像だったのかはよくわからない。台座のようなものに座っているように見えるし、高僧だろうか。顔がなくなってしまったため、地蔵の顔をつけたのはいいが、大きさも色もまったくマッチしていなくて、逆に前衛アートのようで、ある意味センスさえ感じる。夜通りかかったら、この白い顔だけがぼうっと浮かび上がって、恐怖どころの騒ぎではなさそうだ。


印象的な石仏にサブレをお供えし、薬師堂を後にする。隣接する八幡神社へと通じる道に3体の石仏が立っている。こちらも3体とも、顔の修復が施されているようだ。中央の地蔵の顔が、味がある表情をしていて、心惹かれる。おちょぼ口にみえる窪みと若干曲がった鼻と眠たげな細目。キュンとくる愛らしさだ。

石仏は、文化財になっていてもいなくても、路端に佇んでいるのが常だ。それは、人々との関わりが深く、身近である証拠ではあるが、その分人の悪意や自然の脅威とも近い。日々石仏を探して歩いていると、欠けたり倒れたりしたまま放置されているものを目にすることもある。その度に物悲しい気持ちになってしまう。

しかし、国分寺市は顔がなくなってしまったままそのままにせず、なんとも不可思議な形になってしまったとしても、どうにかして修復しようとする優しいまちだ。古から歴史がまちにいきづいている場所だからこそ、昔から大切にしてきたものを受け継いでいくということが、自然にできるのかもしれない。

写真・文/一楽まどか

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