石仏ディグお供えの旅〜府中市編〜

路端にたたずむ石仏たちにお供えをする旅「石仏ディグ」。マニアックすぎるためか、全然好評を博していないが、やりたいので第2弾。

今回は府中市で石仏探しの旅。府中といえば何を思い浮かべるだろうか。大國魂神社やサントリービール工場、昭和史に残る三億円事件、梅鑑賞の定番郷土の森など、頭によぎるものは人それぞれだろう。そんな中、「東京競馬場」を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。

そんなわけで、今回は競馬場に着目してみたいと思う。「石仏で競馬場とは?」と、疑問に思われるかもしれないが、競馬場といえば馬。馬といえば馬頭観音だ。しかも府中は古代から政治の中心であり、甲州街道が通る歴史深いまち。石仏が多く残っているはず。そんな期待を抱きながら、石仏探しの旅に出発した。

京王線府中駅をでて、まずはお供えの品を調達するべく「けやき並木通り」を歩く。今風なお店が立ち並び、まるで渋谷区の表参道のようだ。いや、ここも大國魂神社の表参道であるし、あながち間違ってはいない。

そんな現代的な様相の通りに、不意打ちのように現れる祠。場違いな場所に佇むその姿に、どこか親近感が湧いてくる。意気揚々と近づいてみると、2基の石仏が建っている。右の石仏は青面金剛像が掘られた庚申塔だ。左はかなり風化が進んでしまっていて、詳細がわからない。

歩きはじめてものの数分でさっそく石仏に出会えてホクホクと嬉しい気持ちになるが、心持ちおしゃれな人々が練り歩いているこの場所で石仏をジロジロとみて写真を撮っている姿は異様に思われたかもしれない。しかし、周りの目を気にしていると石仏観察はできないのだ。

嘉永5年に創業したという、老舗和菓子店。

大國魂神社の近く、旧甲州街道沿いに店を構える「御菓子司 亀田屋」で今回のお供え物を購入した。


まだ少ししか歩いていないが、あまりの暑さに木陰をもとめて大國魂神社へ。鳥居をくぐると、大きな木々に囲われた参道に風が吹いて心地良い。参拝を済ませ、せっかくなので境内を散策する。


本殿向かって右側の授与所の横を抜けると、境内末社の住吉神社がある。そこに建つ狛犬がとても愛らしい姿だった。普通、狛犬というと神の使いとして神社を守るべく参拝者に睨みをきかせているが、正面上を向いてどこか得意げな表情で佇んでいる。まるで忠犬。こんな狛犬なら飼いたい。

境内末社とは、本社とは別に境内にある小さな神社のこと。摂社(せっしゃ)と末社(まっしゃ)の2つ区分がある。摂社は、本社の祭神と縁故の深い神を祀った神社で、末社はそれ以外のものとされる。


そのまま多摩川の侵食でつくられた河岸段丘(府中崖線)を下ると、競馬場がすぐ目の前に現れる。競馬場通りを挟んで西門向かいには「安養寺」という寺がある。観音堂の観世音菩薩は多摩川三十三霊場五番札所になっている。観音堂の脇では、背の高い蓮が蕾をつけていて、夏の訪れを感じさせる。


寺の東側の入口に、石仏群があった。一番右の石仏が「馬頭観音」だ。前回の東大和市編では、文字塔だけだったが、こちらは馬頭観音の像が刻まれている。


馬頭観音は、六観音の内の一つで、六道(迷いあるものが輪廻する6つの世界)の内「畜生道」を司るといわれている。それが転じて、馬の守護尊として信仰されはじめた。近世以降、馬での交通が活発化すると、道中急死してしまった馬を弔うために祀られたり、旅の安全を願ったりと、民衆の間で広まったのだそうだ。


お供えするのは、供物の定番お饅頭。ただし、普通の饅頭ではなく、「薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)」という饅頭だ。すりおろした長芋の粘りをつかってつくる生地で餡を包んだ饅頭で、「薯蕷饅頭を食べれば、和菓子屋の腕がわかる」と言われるほど、シンプルかつ、こだわり抜かれた素材のみでつくられている。

長芋のように粘り強く馬たちの安全を見守ってほしい


安養寺を後にし、ユーミンの「中央フリーウェイ」よろしく、右手に競馬場をみながら東へ進むと正門前のハケ下沿いに鳥居や祠が見えてくる。この一角に建つ、「馬霊塔」は競走馬の供養のために建てられている。


かつて活躍した競走馬の名前が刻まれている。


馬霊塔の横には、大型の馬頭観音が建っている。府中競馬場を真っ直ぐに見据え、今を走る馬たちの安全と活躍を願っているようだ。
観音は基本的に、おだやかな表情をしているが、馬頭観音に関しては「憤怒の表情」をしている。庚申塔の青面金剛像と似ているが、頭の上に馬の顔があるかどうかで区別するとわかりやすい。


亀田屋の名物「鮎もなか」をお供えする。甘いものでも食べて、たまには怒りの表情を和らげてほしい。

柵の飾りが馬たち。鮎もなかを物欲しげにみつめている。


競馬場の大きさを横目にみながら、競馬場通りをさらに東へと進む。東府中駅の方へ向かうと、甲州古道の一部「いききの道」との合流地点に生け垣で半分隠れた祠が見えてきた。


トタン屋根の祠の中にはこぶりな馬頭観音が建っている。かなり風化してしまっているが、中央は馬頭観音像が彫られたもので、左右のものは文字塔の馬頭観音のようだ。近づくと、ふんわりと線香の香りが漂ってきた。今なお地域住民に大切にされているのだろう。


こちらにも薯蕷饅頭をお供えする。よもぎが練り込まれたバージョンだ。

今回は、3体の馬頭観音を発見したが、それぞれ西・正面・東と競馬場を囲うように建っているのが印象的だった。旅の安全を祈願されて建てられた馬頭観音が、競馬場がある府中では、競走馬の供養という意味を持って存在している。石仏は、祀る人々の思いや捉え方によって、変幻自在に意味を変える。逆に言えば、祀る側の解釈が自由奔放なだけなのだが、それがかえっておもしろい。

交通網が発達したことで、かつて身近であった馬と触れ合う機会は現代ではそう多くない。そんななか、今でも馬を身近に感じる場所が競馬場だろう。人間を楽しませ、癒し、あるものはどん底からの逆転劇に興奮し、またあるものは人生を棒に振らねばならない。

そんな人間模様を石仏たちは密やかに見守っている。東京競馬場を訪れた際は、ぜひ馬頭観音を訪ね歩いてみてほしい。

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