空を舞う餅、小銭、時々ピーナッツ。天空の町、御岳へ

御岳山は青梅線御嶽駅を下車した後はバスとケーブルカーを使えばほとんど歩くことなく山頂に到達できるアクセスしやすい山である。シーズン時は渋谷駅前のごとくごった返す高尾山と違い、良い意味で観光地化しすぎていないのでゆったりと登山気分・小旅行気分を味わいたい人にはうってつけとも言える山だ。ケーブルカーから見える景色も新緑から夏にかけてより一層瑞々しくなり、秋は見事な紅葉が山を覆う。

御岳山は関東随一の霊場として知られており、その核となっているのが「武蔵御嶽神社」である。御岳山の山上に鎮座し、崇神天皇7年(紀元前91年)創建、古くから山岳信仰の対象となってきた。江戸の昔から大口真神と呼ばれる狼の姿をした神様、通称「おいぬ様」をまつっていることから現在では愛犬祈願を行うようになり、犬連れで参拝する人々で賑わっている。一方で滝行や瞑想体験、受験勉強や創作活動など、ストイックな環境に身を置くことを目的としてやってくる人々も多い。
御岳山に住む人々は宿坊と呼ばれる参拝者のための宿泊施設や、土産物屋などの売店を経営しながら生活しており、それらすべてが徒歩圏内に密集している。その独特な町並みの様子はどのまちにも似ておらず、武蔵御嶽神社を中心とした唯一無二の集落を江戸時代から山頂で形成してきた。

4月某日。取材でとある宿坊へ訪れた際、「今日はちょうど『おだいだい』の日ですから、ぜひ見に行ってください」と女将さんに言われ、もう始まりますから、と急かされながら神社階段前の広場へ向かった。広場に着くとすでにちらほらと御岳山の地元の住人が集まっており、皆一様にカゴやザルを手にしている。全員が全員と顔見知りらしく、和やかな雰囲気だ。

登山客が興味深そうに足を止める中で、同じくザルを持ち正装した人々が高台に上がる。こちらも皆一様に笑顔だ。「全員集まったかい?」「〇〇のとこのおばあちゃんがまだ来てないよ」「ならちょっと待つか」「あぁ、来た来た」などとまるで親戚の集まりのような空気の中、ぐぐぐっとザルを持った人々が密集していく。「はじめますよ!」の声の後、一瞬の間をおいて、わっと歓声があがった。

餅まきかな?餅まきだろうな、と始まる前から思ってはいたが、空を舞う餅に混じって何かチャリンチャリンと音がする。見ると餅のほかに大量の小銭がばらばらとまかれており、人々は楽しそうに転がる餅と小銭を追いかけていた。想像よりも迫力ある盛り上がりに若干たじろいでしまったが、広場は一種のお祭りのような多幸感で賑わっていた。

後で調べたところ、これは「太々神楽」という江戸時代から続く格式ある行事の一部であり、4月と5月の数回のみ(秋もやる場合もあるとか)行われるものらしい。取材先の宿坊の女将さんに聞いたところ、お金は毎回まかれるわけではないらしく「ピーナッツ」という年もあるとのこと。今回は「餅とお金」とのことでかなり盛り上がる回だったというわけだ。終了後は皆、お互いの戦績(?)を確かめ合いながら談笑している姿がなんとも平和だった。

女将さん曰く、「山頂の小さな集落ですから、お互いがお互いを助け合わないとやっていけないんです。急な病気とか、怪我とか。こういう時に集まるとちゃんとみんな元気かどうか顔を見合わせることができるので、そういった意味でも大事な行事なんです」とのことだった。確かに子供もいれば高齢の人も多い、集落全体で一つの家族のような意識が根底にあるのはそれが生活する上で欠かせないものだからだろう。東京区内の下町や、老舗商店街などの繋がりとはまた別種の濃さを持った町が江戸時代から現在に至るまで御岳山で息づいている。広場の人々が解散した後、ちょうどお昼だし山菜そばでも食べようかな、と入った食事処では、店主のおばあちゃんが早速ストーブの上で嬉しそうに餅を焼いていた。

文・写真/松岡 真吾

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