胃袋わしづかみ〜御菓子処・桝屋〜

可愛らしいレンガのアーチが目印の、御菓子処・桝屋。以前こちらにやってきた際、店主ご夫婦の温かい人柄に癒され、お菓子の味にもやみつきに。すっかり心と胃袋をつかまれた状態で、念願の再訪問。弾んだ気持ちで店の扉をくぐる。

店内を横断する長いショーケースには、お菓子がびっしり。さて、今日は何を買おうかと悩んでいると、人懐こい笑顔を浮かべてご主人・吉野成司さんが登場。突然の訪問にも動じずに、「今、ちょうど茶菓子をつくっていたんだよ」と、気前よくお店の奥にある工場を見学させてくれた。

2代目・吉野成司さん。訪問時には、茶菓子の「朝顔」を製造中。

お菓子はすべて手づくり。一つひとつ丁寧に朝顔の形をつくる。

成司さんの無駄のない動きに見とれていると、「いらっしゃい」と朗らかな声が工場に響く。やってきたのは奥さま。言葉少なに、二人の共同作業が始まった。

「茶菓子は、季節感が大事なんだよ」(成司さん)
「あのね、実はお父さん、茶道の免許も持ってるの」(奥さま)
「最初は好きでもなかったんだけどな〜(笑)。昔、僕がつくった和菓子に対して『これは違う』『もっとこうして』って茶道の先生からの要望がすごくて。そんなに言われるなら、一度やってみようじゃないかってね。はじめたら、すっかりはまっちゃったんだよ!」(成司さん)
ご夫婦の笑い声。この空気感がたまらなく心地よい。

 成司さんが形つくった朝顔に、奥さまが寒天で飾り付け。「朝露みたいできれいでしょう」と奥さま。

桝屋は、昭和14年に成司さんのお父さんが立川駅前で始めた店。昭和28年には、良い水を求めて工場を隣の昭島(旧・昭和町)へ移転。(今も昔も、昭島の水道は地下深層水だ)その後、立川駅前の再開発を機に、製造・販売を一箇所にしようとお店も移転させたそうだ。

「ずっと父親の働く姿を見ていたから、継ぐのは自然だったね。当時はつくれば売れる時代。和菓子屋は安定しているってずっと言われてきたんだよ」

大学卒業後に家業を継いだ成司さん。話を聞くに、根っからの挑戦家、そして追求家だ。昭和町と拝島町が合併して「昭島市」ができると「この土地にしかないお菓子をつくろう」と、地元の組合を巻き込んで商品を企画した。

それがこちら「あきしま物語」。市内の複数の和菓子屋で販売しているそうだ。

和菓子の需要が減ってきたと見るや、和菓子だけでは先行かないと、洋菓子製造を習得したり(今でもケーキのデコレーションはお手の物)。さらには、そのスキルを活かして和洋折衷のオリジナル商品を開発した。

シナモンの香る生地の中には丁寧にこした、さつまいも餡。表面を覆うビターチョコのほろ苦さがアクセントになる、見事な和洋折衷のお菓子。

市内で化石が見つかった「アキシマクジラ」を模したかたちの「昭島浪漫」。時を超えたクジラを思って、「浪漫」の名が付けらた。

そして今、成司さんが熱意を注いでいるのが、「和菓子文化を伝えていくこと」。

「和菓子は、季節や暮らしの行事と密接に関わっているんだよ。夏の盆もそう。次は9月の菊の節句。核家族が多くなって、おじいちゃん、おばあちゃんから、日常行事を教わるってことがなくなったんだろうな。文化が薄れちゃうと、本当は身近なはずの和菓子が、特別なものになってしまう」

伝えていくのが自分の責任なんだ、と自分に言い聞かせるような強い語り口。まずは身内からと、3代目の息子さんやお孫さんに、日々の行事を根気強く伝えているそうだ。

初代の頃から使っている、秤は「相棒のようなもの」。

グラムのメモリの下には「もんめ」のメモリ。成司さんは、今も「もんめ」で測っているそうだ。

「今は3代目に仕事を引き継いでいる途中。正直、世情は厳しいよ。でもね、安心しろって言ってんだ。俺が現役の間に、これからの方向を一緒に見つけるからってさ」
前向きな言葉と一緒に、にかっと笑う成司さん。
「生涯現役。簡単にはくたばらないさ!」
かかかと、爽やかな笑い声。そのドンと構えた物腰に、あっぱれ! このお店の芯の強さが表れている。

文・写真/佐藤琴音

御菓子処 桝屋

昭島市玉川町2-3-7
JR青梅線東中神駅徒歩6分
042-541-2375
火休
9:00〜19:00

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