東京で田舎暮らし。檜原村のゲストハウス【へんぼり堂】

東京・檜原村ってこんなところ

「こないだ檜原村に行ってきてさ…」と友人に言うと、大抵「え? そこって何県?」という言葉が返ってくる。県ではなく“都”。檜原村は、島しょ部を除けば、東京都唯一の村。ただ最近、そういった反応に変化が訪れているように思う。

耳に届くのは、檜原村へ通い続けたり、移住したりする人の話。「ローカル」や「田舎」と称される環境が、まさか東京の内側にあるなんて。そんな驚きや興味関心が、檜原村に向けられているように思う。そんな注目を浴びる檜原村で、約4年前に初めてできたゲストハウス「へんぼり堂」を訪ねた。

赤い屋根が目印。取材時はオープンデーにつき、青梅のピザ屋「AQUAVITA」がやってきていた。

JR五日市線の終点・武蔵五日市駅からバスに揺られて約1時間。「人里」と書いて「へんぼり」と読む地区に辿り着く。この辺りは山に囲まれるV字谷の地形をしていて、谷底に多摩川の源流が、斜面に集落がある。へんぼり堂は、その内の一軒。玄関は開け放たれており「こんにちはー」と、昔ながらの訪問スタイルで土間に上がる。

普遍的な「おばあちゃん家」ムードがたまらない。

出迎えてくれたのは、オーナーの鈴木健太郎さんとスタッフの伊藤昌平さん。初訪問なのに、居間に上がると、まるで親戚の家にでも来たみたいにくつろいでしまう。その一番の訳は、おそらく二人の佇まい。「いらっしゃいませ」ではなく「よく来たね、好きにくつろいでいって」という感。過ごし方を押しつけられないのが心地よい。

一人でふらりと訪れたり、グループで1棟を貸切にしたり。自然アクティビティを楽しむ人もいれば、目的なくのんびり過ごしていく人もいる。その自由な滞在スタイルによってか、日本各地のみならず最近では外国からの訪問者もいるそうだ。

オーナーの鈴木さん(左)とスタッフ兼居住者の伊藤さん(右)。

鈴木さんの愛犬もくつろいだ様子。

“ふるさと”になりたくて

とてもアットホームですね、と言うと
「よかった。ここは来る人の“ふるさと”になることを目指しているから」と鈴木さん。
ふるさと、と言いますと?

「ふるさとって、何度も行く場所ですよね。ここも一回行って終わり、じゃなくて、何回も通いたくなる場所にしたいんです。滝や山といった観光資源は、あくまで来るきっかけにすぎない。人がどこかに“通う”理由って、そこに親しい人がいるからなんですよね。だからここでは来る人と地元の人との交流が生まれるような仕組みを作りたい」

以前はウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」に所属していた鈴木さん。現在はフリーランスで活躍中。

その仕組みというのが、草木染めや林業体験など、地元の人が先生になる宿泊イベント。宿泊する者同士はもちろん、地元の人ともつながりを持ってもらうことで、「またあの人に会いに行こう」という気持ちが生まれ、再訪につながるという。へんぼり堂が「地元民」と「よそ者」の間にバランスよく立ち、ハブのような存在になっているのだ。

「村の暮らしにある“当たり前”って、村外の人にとってはエンターテイメントになるんですよね」
その発見が、村人への刺激にもなっているそうだ。

 新しくはじめた「クラウドファーム」は、お金を払う代わりに、自由な時に訪れて何回でも農業体験ができる取り組み。この日やってきたご家族はジャガイモの種植えを体験中。

へんぼり堂から坂を下りていくと南秋川の渓流が。東京離れした景色が広がる。

新しい暮らし、を実践

約4年前に所属していたチームラボから独立した鈴木さん。その背景には「もっと合理的に幸せになれる暮らし方があるはず」という思いがあったそうだ。朝から晩まで働いて、1日に自由な時間が1〜2時間。家賃や光熱費を払うと、1ヶ月の可処分所得がせいぜい2〜3万円。そんな当たり前に、鈴木さんは疑問を抱いた。普通に暮らすだけなのに、時間やお金…かかるコストが高いんじゃないか?

「単純に、日常にかかる基本的なコストを下げようと思ったんです。その一つのモデルケースを、檜原村で作りたかった。ここではある程度自給もできますし、家賃も安い。週に2日働けば、十分生きていけます。そうすると暮らしのためにではなく、自分のために使える時間が増えるんです」


へんぼり堂に来た人の中には「レールから外れても大丈夫なんだと、気が楽になった」と言う人もいるそうだ。

鈴木さんの話から連想したのは、自分の就活時代。当時直面したのは、「残業は何のその、仕事を生きがいとすべし」という“レール”。そしてレールに乗れないと一人前の大人ではない、という圧力に似た“当たり前”。当時、もしへんぼり堂に来ていたら、業界・業種を選ぶ前に、働き方や暮らし方を選べるということに気づいていたかもしれない。

「自分とは違う日常がある」という事実に気がつくことが、自分の暮らしを見つめ直すことにつながる。他人を見て自分を知るような、ちょっと不思議な体験ができることに、この場所の深い魅力を感じた。


人から人へ。檜原村から全国へ。

「僕にとっての幸せや豊かさは、人とのつながりにあります。一人じゃ何もできないです。人との関わりによって、僕の暮らしが成り立っているし、そこから新しいものが生まれると思っています」

つながりから何かが生まれる。それを目的にしているところは多くても、実現されているところは、意外と少ない。へんぼり堂では、「ゲストハウスを作りたい」とやってきて、鈴木さんにノウハウを伝授されて起業した人が今では全国各地にいるとか。ネットワークが、外へ外へと緩やかに広がっていく。

オープンにあたって古民家をDIYでリノベーションする際には、約3ヶ月半でなんと300人が訪れたそうだ。その動員力に驚く一方、「それだけの魅力がある」と妙に納得もする。人から人に、へんぼり堂の思い、ひいては鈴木さんの思いが伝わっていく。人とのつながりに価値を置く鈴木さんのブレない思いが、へんぼり堂の核になっているようだ。

これからも村の人たちと協力しながら、色んな人が訪れつながる場所にしていきたいと鈴木さん。いったいどんな仕掛けが作られていくのか、楽しみでならない。

へんぼり堂にいると、畑をいじっている時や縁側でごろりとしている時、ここで出会う人たちの会話の中…何の変哲もない瞬間に、ふと自分の幸せが何に根ざしているのか、気がつくことがある。それもまた、へんぼり堂にまた行きたくなる、忘れられない瞬間になるのだろう。

写真/松岡真吾
文/佐藤琴音

へんぼり堂

東京都西多摩郡檜原村人里
090-4028-1585
素泊まり 3,000円、貸切 30,000円
http://henborido.net/

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