軍需工場住宅地「八清」の人々

立川からJR青梅線で二駅の東中神駅で降りる。駅を出てすぐに「くじらロード」という名の渋いアーケード商店街が団地の眼下に連なっている。夏の名物詩である『くじらパレード』の際は多くの人出で賑わいを見せる昭和レトロな商店街だが、平日の通常時は穏やかな時間が流れ、商店を利用する大多数は地元民だ。そのくじらロードを抜け、さらに10分ほど南下して歩いていく。取り立てて特筆することもない住宅地の細道を進んで行くと、唐突にぽっかりと円形のロータリーが現れる。噴水を中心として8本の道路が放射状に伸びるこの一帯は「八清」と呼ばれている。

ラウンドアバウトともいわれるこういった形式のロータリー式交差点は地方都市にたまに見られるが数は多くない。道路脇に立っている「八清の由来」という記念碑を見るとこのロータリーの由来がわかる。

この地域は戦時中、軍需工場の従業員住宅として開発された。軍需産業の成長とともに製作所も拡張され昭和14年には2万人余りの従業員がこの地で働いていたという。住宅のみならず、集会所、市場、映画館、浴場などの福利施設も立ち並び、ロータリーを中心とした大住宅街が誕生、戦後は住民に払い下げられ民間の住宅地と商店街が形成された。

そういった背景を踏まえて通りを歩くとなるほど、年季の入った商店がぽつりぽつりと現存しており無骨なレトロさを醸し出している。

ロータリーを抜け、少し歩いたところにスコンと開けた広場がある。その名も八清公園というその広場では隅っこの方で遊んでいる子供たちと、いつもの定位置なのであろうベンチで氷結ロング缶をやっつけている地元の紳士方々3名の姿。写真を撮っていると「にいちゃん、いいカメラ持ってんな」と氷結のお一方に声をかけられた。話を訊くと、どうやら趣味でカメラをやられていて家には結構なコレクションがある様子。「どんな感じで写るの、それ」と訊かれたので何枚か写真を撮って差し上げる。撮ってはお見せしてを繰り返しながら「4Kが撮れるカメラを持ってる奴が友達でいるけど俺の家には4K見れるテレビが無いから別に羨ましくは無い」といった旨のトークを聞かせてもらいながら楽しいひと時を過ごす。

「皆さんはいつもここにいらっしゃるんですか?」
と訊くと、
「そうだね、だいたい日曜はここで飲んでるよ」
今日は水曜だが細かいことを気にするのは野暮というもの、この辺でいちばん老舗のお店はどこですか?とさらに尋ねて見る。
柳月さんじゃないかなぁ、すぐそこだよ、と教えてもらったので行ってみることに。

教えてもらった柳月食堂は公園からロータリーを挟んですぐの場所。大衆食堂・酒場好きにとってはたまらない100点満点の外観に唸りつつガラス戸を開ける。

いらっしゃい、と優しそうなお母さんに迎えられ席へ。ガラス越しの厨房ではお父さんと息子さんだろうか、手際よく料理をこなしている姿が見える。メニューは大衆食堂らしく幅広く、迷ってしまったのでお母さんにオススメを訊いて親子丼にすることに。注文がくるまで許可を頂き写真を撮りつつ、店内をじっくり観察する。半世紀は経っているのではないだろうか、永らく住民の日常的な食事処なのであることが容易に想像出来る。

食後の、甘さが懐かしいサービス・アイスコーヒーを頂きつつ小休止。厨房の仕事をひと段落したお父さんも店内の椅子に座り野球中継を眺めながらポカリスエットを飲んでいる。
かつて軍需工業地帯として栄えたこの街から失くなったもの、廃れたものも多いだろう。しかし、そこで生活する人々の日常は当たり前に続くわけで、昔の歓楽街だった八清も見てみたい気もするが、今の八清の街も悪くはないように思えたのだった。

写真・文/松岡真吾

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